FTMが子供を持つ4つの選択肢|AID・養子縁組・卵子凍結を解説
「FTMでも子供を持つことはできるのか」
「ホルモン治療を始めたら妊娠の可能性はなくなるのか」
「戸籍を男性に変更したあと、どんな手続きで親になれるのか」
FTMの方が子供を持つ道は、ひとつではありません。AID(非配偶者間人工授精)でパートナーが妊娠する方法、ホルモン治療前に卵子を凍結保存する方法、特別養子縁組や里親制度で子供を迎える方法など、複数の選択肢があります。それぞれに条件・費用・戸籍上の親子関係が異なるため、自分たちのライフプランや価値観に合わせて選ぶことが大切です。本記事では、FTM特化の生殖医療と家族形成の制度を整理し、どのように考えていけばよいかを専門店RISEが解説します。
この記事の内容
FTMが子供を持つ4つの選択肢(全体像)
子供を持つというテーマは、当事者にとって人生の重みのある決断のひとつです。「FTMだから子供は諦めるしかない」と感じている方もいますが、実際には複数の選択肢が用意されています。まずは全体像を整理します。
4つの選択肢の概要:
- AID(非配偶者間人工授精):提供精子を使い、パートナー(女性)が妊娠・出産する方法。FTM夫婦の現在もっとも現実的な医療選択肢
- 卵子凍結(妊孕性温存):ホルモン治療を開始する前に、自身の卵子を凍結保存しておき、将来パートナーが体外受精で妊娠する選択肢を残す方法
- 特別養子縁組:実子と同じ法的関係で子供を迎える制度。戸籍変更後で異性パートナーと法律婚していることが条件
- 里親制度:実親に養育されない子供を一定期間預かり育てる制度。男性カップルでも認定例がある
どの選択肢を選ぶかは、(1) 現在の治療段階、(2) パートナーの有無と婚姻状況、(3) 経済的状況、(4) 家族としてどんな子供との関係を望むか、によって変わります。最初から1つに絞らず、まずは選択肢全体を理解した上で、自分たちのライフプランに照らし合わせて検討することをおすすめします。
選択肢1|AID(非配偶者間人工授精)でパートナーが妊娠する
◾️ AIDとは何か
AID(Artificial Insemination by Donor/非配偶者間人工授精)は、夫以外の第三者から提供された精子を妻の子宮内に注入して妊娠を目指す医療技術です。日本では1948年から行われており、無精子症の夫婦などが利用してきた長い歴史があります。FTM夫婦の場合は、性別変更により精子がないため、この提供精子治療が現実的な選択肢となります。
AIDで生まれた子供は、戸籍上は法律婚の夫婦の嫡出子として記載されます。つまり、戸籍を男性に変更し、女性パートナーと婚姻関係にあるFTMの方は、戸籍上「父」として子供との親子関係を結べます。
◾️ FTM夫婦が対象となる条件
主要なAID実施医療機関では、FTM夫婦も治療対象として明記されているケースが増えています。一方で、共通する厳しい条件もあります。
AIDの一般的な対象条件:
- 法律上の夫婦であること(事実婚・同性カップルは対象外)
- 妻が概ね41歳まで、夫が47歳までの初診
- 性別違和や男性不妊について受容し、子への告知を前提とできる
- 夫婦そろってのカウンセリング・倫理委員会の承認を経ること
戸籍変更が完了し、女性パートナーと法律婚の状態であることが前提になります。戸籍変更前の場合は対象外となる施設がほとんどです。戸籍変更を急ぐべきか、別の選択肢を検討するかは、お二人で慎重に話し合う必要があります。
◾️ 国内の主な対応医療機関
AIDを実施している施設は全国的に限られており、地域差が大きいのが現状です。FTM夫婦への対応実績がある主な医療機関として、はらメディカルクリニック(東京)、京野アートクリニック高輪(東京)、セントマザー産婦人科医院(北九州)などが挙げられます。最近では子供の「出自を知る権利」に配慮し、提供者情報を将来子供に開示できる仕組みを整えている施設もあります。
◾️ 費用と治療プロセス
費用は施設によって異なりますが、一般的な目安として、AID(人工授精)は1回あたり9〜10万円前後、より妊娠率の高いIVF-D(提供精子による体外受精)は採卵から胚移植1回目までで45〜90万円程度かかります。妊娠まで複数回挑戦するケースも多く、トータルでは数十万〜数百万円の予算を見ておく必要があります。
治療は、勉強会への参加 → 夫婦そろっての初診 → ワークシート提出とカウンセリング → 倫理委員会の承認 → 治療開始、という流れが一般的です。承認まで数か月かかることもあり、思い立ってすぐ始められるものではないことを理解しておきましょう。
⚠ SNS精子提供のリスクについて
近年、SNSを通じて個人で精子提供を受ける方法が広まっていますが、感染症リスク・遺伝的疾患の確認不足・親権を巡るトラブル・提供者の身元の不確かさなど、医療機関を介さない方法には大きなリスクがあります。子供の福祉と将来のためにも、医療機関での正規ルートの利用が推奨されています。
選択肢2|卵子凍結(妊孕性温存)でホルモン治療前に備える
◾️ なぜ治療開始前の検討が重要か
テストステロン(男性ホルモン)の投与を続けると、卵巣機能が低下し、生理が止まります。「治療を中断すれば生殖機能は戻る」と言われることもありますが、必ずしも全員が回復するとは限らず、年齢や治療期間によっては自然妊娠が難しくなるケースもあります。将来子供を持つ可能性を残しておきたい場合は、ホルモン治療を始める前に妊孕性温存(卵子凍結)を検討する選択肢があります。
⚠ 未治療FTMの方へ
もしまだホルモン治療を始めていないなら、卵子凍結は今が一番選択肢の幅が広いタイミングです。「子供を持つかどうかまだ決められない」という段階でも、凍結だけしておけば判断を先送りできます。一度始めると後戻りが難しい決断だからこそ、選択肢を残す手段を知っておく価値があります。
◾️ 卵子凍結のプロセスと費用
一般的な卵子凍結のプロセスは、生理3〜5日目から排卵誘発剤を使い、約2週間かけて卵巣内の卵子を育てます。3〜4日に1度、超音波検査とホルモン値測定で状態を確認しながら、最終的に採卵手術で取り出した卵子を凍結保存します。
費用は採卵1回あたり30〜60万円前後、その後の凍結保存料が年間数万円程度かかるのが一般的です。自治体によっては妊孕性温存療法に補助金制度を設けている地域もあります(神奈川県・東京都など複数の自治体で支援あり)。
◾️ ホルモン治療を中断して自然妊娠を目指す選択肢
すでにホルモン治療中の方でも、治療を一時的に中断して生理周期を再開させ、自然妊娠やAIDを目指す選択肢があります。ただし、中断から生理再開までの期間や、生殖機能の回復度合いには大きな個人差があります。妊娠を希望する場合は、性別違和の主治医と生殖医療の専門医の両方に相談することが大切です。
ホルモン治療を中断すると体の変化(生理再開・体型・気分の変化)が起こります。中断期間中の心構えについては、関連記事「FTMホルモン注射をやめるとどうなる?体の変化と影響・リスク・対策を解説」も参考にしてください。
選択肢3|特別養子縁組で実子として迎える
◾️ 特別養子縁組と普通養子縁組の違い
養子縁組には2種類あります。普通養子縁組は実親との関係を維持したまま養親との親子関係を結ぶ制度で、戸籍には「養子」と記載されます。一方、特別養子縁組は実親との関係を法的に切り、養親の実子と同等の関係になる制度で、戸籍には「長男・長女」など実子と同じ続柄で記載されます。
◾️ FTMが特別養子縁組の養親になる条件
特別養子縁組の養親になるには、原則として法律上の夫婦であることが必要です。戸籍を男性に変更し、女性パートナーと婚姻関係にあるFTMの方は、この要件を満たす可能性があります。実際に、戸籍変更後のFTMが特別養子縁組で親となった事例も報告されています。
⚠ 同性カップルは対象外
特別養子縁組の養親要件には「配偶者があること」が含まれているため、戸籍上同性のカップル(戸籍変更前のFTMと女性パートナー、または男性同士のカップル)は、現行の制度では特別養子縁組を利用できません。この点は今後の法改正の議論を見守る必要があります。
◾️ 申請から成立までの流れ
特別養子縁組は、児童相談所または民間の養子縁組あっせん事業者を通じて申し込みます。研修・面談・家庭訪問・実親の同意・試験養育期間(原則6か月以上)を経て、家庭裁判所の審判で成立します。申請から成立まで1年以上かかるケースも多く、長期的なプランニングが必要です。
選択肢4|里親制度で子供を育てる
里親制度は、実親が育てられない子供を、養子縁組をせずに一定期間預かって養育する制度です。養育里親・専門里親・養子縁組里親・親族里親の4種類があります。里親には法律婚の要件はなく、単身者や男性同士のカップルでも認定された事例があります(2017年に認定NPO法人フローレンスが日本初の男性カップル里親認定を支援)。
里親登録には、研修受講・家庭訪問・経済的安定の確認などが必要です。子供との関係は法的な親子ではありませんが、長期的に養育する養育里親の場合、子供が成人するまで一緒に暮らすこともあります。「実子として戸籍に入れる」ことよりも「子供を育てたい」という気持ちが強い場合に検討する価値があります。
里親と養子縁組の違い:
- 里親:法的な親子関係はなし。生活費・養育費は自治体から支給される
- 特別養子縁組:法的に実子と同等の関係。戸籍も親子として記載される
- 普通養子縁組:実親との関係も残しつつ養親子関係を結ぶ。戸籍は「養子」と記載
戸籍上の親子関係を整理する
◾️ AIDで生まれた子の戸籍
戸籍を男性に変更し、女性パートナーと法律婚しているFTMの方の場合、AIDで生まれた子は法律上「嫡出子(法律婚の夫婦の子)」として扱われます。戸籍上の続柄は「長男」「長女」となり、生物学的なつながりに関わらず、戸籍上は実子と同じ親子関係が結ばれます。
◾️ 養子縁組での戸籍表記
特別養子縁組の場合は実子と同じ「長男・長女」と記載され、戸籍からも実親との関係が分かりにくくなります。普通養子縁組の場合は「養子」「養女」と記載され、実親も戸籍に併記されます。
◾️ 性別変更と未成年の子の関係(重要な制約)
性別変更(戸籍変更)の要件には「現に未成年の子がいないこと」が含まれていました(2008年改正で、未成年から「現に子がいないこと」へ緩和)。つまり、子供を産んだ後・引き取った後に性別変更をしようとすると、子が成人するまで戸籍変更ができないケースがあります。家族計画と性別変更のタイミングは、専門家に相談しながら順序を慎重に考える必要があります。
戸籍変更や法的手続きの全体像については、関連記事「FTMの戸籍変更・改名ガイド|手続きの流れと各書類の変更方法」も参考にしてください。
自分たちで決断するための4つの軸
4つの選択肢を並べると、どれを選べばよいか迷う方も多いと思います。「他の人がどう選んだか」よりも、「自分たちが何を大切にしたいか」を先に整理することで、納得のいく判断がしやすくなります。以下の4つの軸で考えてみましょう。
◾️ 軸1:誰が産み、誰が育てるか
「自分が産むのか、パートナーが産むのか、産まずに迎えるのか」は最も大きな分岐点です。自分が産むことを希望するならホルモン治療の中断や卵子凍結後の自然妊娠/体外受精、パートナーが産むならAID、産まずに迎えるなら養子縁組や里親、と道筋が大きく変わります。性別違和との折り合いも含めて、お二人で本音を共有することから始まります。
◾️ 軸2:法律婚と戸籍の状況
多くの選択肢で「戸籍変更後+法律婚」が前提になります。現在の状況がどうか、近い将来どうしたいかを整理しましょう。戸籍変更を急ぐ/パートナーシップ制度を活用する/法律婚にこだわらない、それぞれの選択がその後の手続きを決めます。
◾️ 軸3:子どもへの告知の方針
AIDや養子縁組では、生まれてくる子供に「自分の出生について」をいつ・どう伝えるかが大切なテーマになります。AID治療を実施している施設の多くは「告知を前提とした治療」を方針としており、出自を知る権利に配慮した支援体制を整えています。子供にとって何が幸せかを夫婦で話し合っておくことが、後悔のない選択につながります。
◾️ 軸4:経済と心理のサポート体制
AIDや体外受精には数十万〜数百万円の費用がかかり、養子縁組や里親も研修・準備・養育費に時間と労力が必要です。パートナーや家族のサポート体制、職場の両立制度、地域の支援団体(GIDコミュニティ・LGBTQ家族支援NPO等)など、長期戦を支える環境を事前に確認しておきましょう。
よくある質問
Q. AIDの費用はいくらですか?
医療機関により異なりますが、人工授精(AID)は1回あたり9〜10万円前後、提供精子による体外受精(IVF-D)は採卵から胚移植1回目までで45〜90万円程度が目安です。妊娠まで複数回の挑戦が必要なケースも多く、総額で数十万〜数百万円を見ておく必要があります。
Q. AIDで妊娠できる確率はどれくらいですか?
AID(人工授精)の1回あたりの妊娠率は5〜10%程度、累積で6〜12回挑戦すると約半数が妊娠に至ると言われています。年齢が若いほど確率は高く、35歳以降は徐々に下がる傾向があります。妊娠率をより高めたい場合はIVF-D(提供精子による体外受精)が選択肢になります。
Q. 戸籍を男性に変更後でもAIDを受けられますか?
受けられます。FTM夫婦に対応している主要な医療機関では、戸籍変更後+女性パートナーと法律婚していることを条件に、AID・IVF-Dの治療を実施しています。むしろ戸籍変更前は対象外となる施設がほとんどなので、戸籍変更を済ませてからの相談が現実的です。
Q. ホルモン治療を始めても卵子凍結はできますか?
技術的には可能ですが、テストステロン投与中は卵巣機能が抑制されているため、一旦治療を中断して生理周期を再開させる必要があります。中断期間や卵子の質には個人差があるため、まずは生殖医療の専門医に相談してください。「ホルモン治療を始める前に凍結しておく」のがもっとも選択肢の幅が広くなります。
Q. FTMでも特別養子縁組はできますか?
戸籍を男性に変更し、女性パートナーと法律婚していれば、特別養子縁組の養親になる法律上の要件を満たします。実際に戸籍変更後のFTMが特別養子縁組で親になった事例もあります。一方、戸籍変更前のFTMと女性パートナーは戸籍上同性カップル扱いとなるため、現行制度では特別養子縁組の対象外です。
Q. 男性の不妊・妊活は何科に相談すればいいですか?
一般的には泌尿器科または不妊治療を扱う産婦人科(生殖医療専門クリニック)が窓口です。FTMの方の場合は、AIDや提供精子治療に対応している不妊治療クリニック(はらメディカルクリニック・京野アートクリニック等)に夫婦で相談するのが現実的です。性別違和の主治医からの紹介状があるとスムーズです。
Q. ホルモン治療をやめれば自然妊娠できますか?
中断すれば生理が再開する可能性は高いですが、卵巣機能や卵子の質が完全に元の状態に戻るとは限りません。年齢・治療期間・体質によって個人差が大きく、自然妊娠が難しいケースもあります。妊娠を希望する場合は、性別違和の主治医と生殖医療専門医の両方に早めに相談することをおすすめします。
まとめ
FTMの方が子供を持つ方法は、AID・卵子凍結・特別養子縁組・里親制度の4つが現実的な選択肢として用意されています。それぞれに条件・費用・戸籍上の親子関係が異なり、現在の治療段階・パートナーの有無・婚姻状況・経済状況によって取れる道が変わります。
「どれが一般的か」よりも「自分たちが何を大切にしたいか」を軸に整理することで、後悔のない判断がしやすくなります。決断には時間がかかるテーマですが、選択肢を知っておくこと自体が、未来の自分を支える準備になります。
このテーマは、医療・法律・家族関係が重なるため、記事だけで決め切るより、主治医・生殖医療の専門医・自治体窓口など複数の情報源を照らし合わせるのが現実的です。迷う場合は、まず「治療前に確認すること」「戸籍変更後に変わること」「パートナーと共有したい条件」を分けて整理してみてください。